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[新着] C言語規格の話: C90って何ですか?

C言語規格の話: C90って何ですか?」を公開しました。
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「君の名は」「シンデレラ」

ネタバレ注意:以下の文章はアニメ映画「君の名は。」のネタバレ要素を含みます。ご了解いただいた方のみ、ご覧下さい。


「君の名は。」がヒットした要因は複数あると思うが、その中の1つは力強く分かりやすい物語構造であり、その構造の中の1つは、シンデレラであるように思う。

シンデレラは義理の母と義理の姉にいじめられる境遇だった。
三葉は実の母を亡くしており、実の父親ともうまく行っていない。代々続く家のしきたりと父親の社会的立場は、学校でも三葉を浮いた存在にしていた。

シンデレラは城の舞踏会へ行きたかった。その願いを叶えたのは魔法使いである。そして、舞踏会で王子と出会う。
三葉の今の生活から抜け出したいという願いを叶えたのは、神社の神様である。三葉が「東京のイケメン」と言うので、神様は三葉と瀧を入れ替えた。結果、三葉は憧れの東京生活を堪能し、そして瀧と出会う。
ちなみに、劇中で東京が素晴らしい場所だと担保しているのは、これも大きなヒット要因であろう映像美だろう。話を戻そう。

シンデレラにかけられた魔法は、午前零時になると解け、ガラスの靴が残る。それを頼りにシンデレラと再会する王子。
彗星が落ちた後、二人の入れ替わりは起きなくなり、組紐が残る。それを頼りに三葉と再会する瀧。

それから二人はずっと幸せに暮らしましたとさ。


はて、本当にそうなのだろうか。史実として王子に嫁いだ女性は皆幸せになったのだろうか。

結局の所、彗星は落ちた。彗星が落ちたことすら覆るシナリオも選択できたであろうが、劇中で彗星は落ちた。彗星落下のことを考えるとき、多くの方が指摘するように、私も東日本大震災を連想してしまう。
三葉は、村の人々は、なぜ東京に出てきたのだろうか。彗星が、村から家と仕事を奪ったからではないのか。家を探して、仕事を探して、生活を立て直して。苦労が忍ばれる。
東京の人々は故郷を失った三葉にどう接しただろうか。東京での生活を経て、東京は憧れのままでいられたのだろうか。
災害のただ中で奮闘してくれた、そして、その後は何年も会っていなかった東京の人である瀧に、再開のそのとき、三葉は何を告げるのだろうか。

「人生フルーツ」を、この世界の片隅の視点から

昨日「人生フルーツ」というドキュメンタリー映画を見てきました。
とても素晴らしい映画だと感じたのですが、全ての人へ素晴らしさを伝えられるような文章を書く腕は私には無いので、
「この世界の片隅に」のファンの方へ向けて、映画パンフレットや公式サイトを参考に、「人生フルーツ」の紹介をしたいと思います。

「この世界の片隅に」を見て、主人公のすずさんやその家族は、今どうしているのだろうと考えたことはありませんか。
「人生フルーツ」は、愛知県にある高蔵寺ニュータウンの一隅に暮らす、すずさんと同年代のご夫婦のドキュメンタリーです。
津端 修一(つばた しゅういち)さんは、1925年生まれの90歳。奥様の英子(ひでこ)さんは、1928年生まれの87歳。
修一さんは、すずさんと同い年です。

ご夫婦は時間をかけた手仕事が大好きで、カメラは穏やかにその様子を写しています。
例えば、お二人が自宅の菜園で野菜や果物を育て収穫する様子。英子さんがそれらを材料に料理を作る様子。
お二人は本当に楽しそうです。
家の中も外も、ご夫婦がこつこつ、ゆっくり積み上げてきた手仕事の成果で満ちています。

それらの後ろには、ご夫婦の物語があります。例えば、なぜ、高蔵寺ニュータウンに家を建て、緑でいっぱいにしたのか。
そして、さらにその後ろには、日本の歴史があります。例えば、なぜ、全国各地にニュータウンが建設されたのか。

お二人の視点をお借りして、ニュータウンの片隅で現在から過去を振り返ることで、普段は見えていない今の日本の姿が浮かび上がるように思います。

と、ここまで書いてみましたが、これは重層的にいくつものテーマを内包するこの映画の見方の1つに過ぎません。
この映画は、ドキュメンタリーということもあり、基本的に淡々とご夫婦の日常を映し出していきます。
ですので、それをどのように捉えるかというのは、観客の自由であり、むしろ、人によって見方が違って良いのだと思います。
同じ映画を見て、違う見方をして、違う意見になって良いのだと思います。

一方で、この映画はノンフィクションのドキュメンタリーではありますが、制作者達の込めた意図やテーマも存在しています。
画角と時間が限られる以上、スクリーンに何を映して、何を映さないのかを、制作者達は決めなければなりません。
そして、題名を付けなくてはなりません。
繰り返し映し出される事物の大半には、意図があるのでしょう。
「人生フルーツ」という題名は、テーマそのものと見ることもできるでしょう。

ただ、この意図とテーマの存在が、本作品を単なる記録映像ではなく、映画たらしめている所以でもあります。
特に題名にあるフルーツ、つまり、果実は、植物が活動した結果として実る物で、熟したそれを他の生き物が食べて中の種を別の場所へ運ぶということもあり、何千年も前から何かを象徴する物として物語で利用され続けているわけです。
果物という観点、つまり、何が何を生んで、その種はどこへ行くのかという観点でこの映画を見たときに、
複数のテーマが、演出が、映像が、音声が、絡まり合って大きな構造が立ち上がる様には、脱帽するしかないわけです。

要するに何が言いたいかというと、この映画は傑作だということです。

VRのこれまでとこれから

始めに断っておくと、私はVRのゴーグルをかぶったことはない。ただ、2013年のOculus Riftの映画館デモからニュースを追ってきた。ここでは、それらのニュースの中で印象に残っているものを時系列で列挙する。

2013年

Miku Miku Akushu


Oculus Rift の「Development Kit 1」が出荷されたのが2013年3月で、同年9月には仮想空間で初音ミクと握手が出来るようになっているという凄まじさ。

2014年

個人的には印象に残っているニュースはないが、一般メディアではFacebookによるOculusの買収が報じられた。

2015年

何かいろいろ爆発した2015年。


Microsoft Hololens


2:30秒ぐらいからのMinecraftの世界を机の上に作り出すデモが面白い。Aが見下ろしている机の上を、Bが操作するキャラクターが動き回っているという非対称性はもっと面白い。


Playstation VR 「MONSTER ESCAPE」


E3で「MONSTER ESCAPE」が展示される。これは、一人がVRで怪獣役を演じ、他のプレイヤーは従来通りテレビ画面とコンローラで怪獣に立ち向かうというもの。これでもかという非対称な作り(一人だけVRゴーグル!)が家庭用ゲーム機にさらりと導入されている。この非対称性によって新たな何かが生まれることに期待。

Oculus touch


Oculus touchはVR空間内に両手を生み出すコントローラである。このコントローラを使うと、動画のようなことが直感的に出来てしまうらしい。VR空間内でも、拳を突き上げる、指さす、顔を覆う、サムアップなどで現実と同じようにコミュニケーションが取れているように見えるのは興味深い。一方で、相手はそのままで自分だけ小人になるという非現実を容易に作り出せるのは、とてもVRらしい。


こちらは、Oculus touchを使って直感的な3Dモデリングをするというデモ。あたかも3D粘土工作。コンピュータに疎い人でも本当に使えるというなら、コンピュータ利用の門戸を広げるという観点で革新的としか言いようがない。個人的には、ものづくりの現場で、ここの設計をこうしたいといったコミュニケーションにとても便利だと思う。

2016年、そして

3月にOculus Riftの発売が開始されるが、生産と出荷がスムーズでないようで、出足で躓いた印象。ただ、VR業界全体としては、まだまだ始まったばかり。10月のPlaystation VRの発売も楽しみだ。

さて、VRを体験したことのない身としては憚れるのだが、ちょっとVRの未来を予想してみる。まず、今年2016年に市販されるVRデバイスの性能だが、はっきり言って不足しているらしい。画質は良くないし、動きが激しいと酔うし、しかも、どのみち長時間の利用は難しいらしい。では、VRは全く普及しないかというと、そうではないと予想する。

まず、現在のVRデバイスでも楽しめるジャンルが存在する。筆頭はホラーである。薄暗い中をゆっくり移動して、わーっと驚いて、短く一回が終了というのだったら、先ほど挙げた事項は問題にならなそうである。他にも、乗り物に乗っているとか、仮想の机を見下ろしているような状況にすると、少なくともVR酔いは起きにくいらしい。個人的には、全てのボードゲームやカードゲーム、さらには、全ての俯瞰視点を持ったゲームが、現在のVRでも進化する可能性を秘めていると思う。

次に、既存コンテンツへの愛着の利用で、いわゆるキャラ物などは、一定の売り上げがあるだろう。かっこいいキャラクターにしろ、かわいいキャラクターにしろ、目の前の大好きなキャラクターが、ダンスを見せてくれるとか、一緒にちょっとしたゲームをしてくれるといったVR体験は、そのキャラクターの熱心なファン達にとっては、多少の問題には目をつぶってでも体験したい価値あるものだろう。他にも、ライトセーバーを振り回せるとか、ヒーロースーツを着てアクションできるとか、巨大ロボットを操縦できるとか、有名な既存コンテンツの利用方法は無数にある。

話はフィクション作品に留まらない。伝説的とされる過去のライブや試合をVRで後から疑似体験できるとしたら、熱狂的なファンは飛びつくだろう。音楽やスポーツに限らず、撮影が行われるありとあらゆるイベントは、全天球カメラをS席の一つに設置するだけで、DVDやブルーレイ、テレビ放映権に加え、VRコンテンツという売り物が増えるのである。関連した取り組みは既に始まっている。ニコニコ動画は小林幸子の武道館公演のVRデバイス向け全天球映像を2014年に既にライブ配信している。また、日本科学未来館では「Björk Digital - 音楽のVR・18日間の実験」が今日(2016/7/18)まで開催され、そこではビョークのVRコンテンツが展示された。

VR映画についても触れておこう。映画といっても、スクリーンで上映しないので映画館とは関係せず、映画制作会社に関係するVRのストーリー作品といったところか。Oculus Story Studioは、「Lost」と「Henry the hedgehog」の2つの短編ストーリー作品を既に発表している。今年のトライベッカ映画祭では、これまで4本の映画を監督しているエリック・ダーネルによる「INVASION!」が上映された。VR界隈の流れは速い。

家庭用エンターテインメントの枠から離れると、世界中のテーマパークでVRを利用したアトラクションが設置され始めている。日本でも、今年の上半期限定ではあったが、USJに「きゃりーぱみゅぱみゅ XRライド」が設置されていた。また、ビジネス用途では、キャノンのMREALJALの整備士向けHololens利用プログラムといった例がある。

まとめると、家庭向けVRデバイスは、VRに向いたジャンルのゲーム、または、既存コンテンツの熱狂的なファンには普及するだろう。また、VRは、ゲーム分野において新たな体験を作り出すだろうし、VR映画などの取り組みは既に行われているので、ゲーム以外の分野でも、新しい何かを生み出す可能性がある。そうであるならば、VRへの投資が続いているうちに、VRデバイスの改良と低価格化、そして、大ヒットコンテンツの登場は十分期待できる。つまり、VRが本格的に普及する可能性は十分あるというのが個人的な見立てである。

Windowsアプリケーションソフトのバックアップ

 引き続きWindows環境のバックアップについてである。
 つまらない結論で申し訳ないのだが、アプリケーションソフトのバックアップはソフト毎に個別に対応するしかないようだ。なぜならば、設定などの保存先が、ソフトによってiniファイルだったり、レジストリだったりして、一定していないからだ。特に保存先がレジストリであった場合、ソフトが推奨している方法以外でのバックアップや復元にはリスクが伴う。
 ということで、まずは、自分が使っているソフトウェアをリストアップして、次に、それぞれのソフトについて、具体的に何をどうバックアップするのかを検討する必要があるのだろう。さらに、新しく使い始めるソフトも出てくるだろうから、理想を言えば、バックアップ内容を検討する作業は定期的に行うべきなのだろう。なんとも面倒な話だ。しかし、長く情報機器を使っていると突然のトラブルは避けられない。バックアップは転ばぬ先の杖である。
 ちなみに、Windowsにインストールした全てのアプリケーションの設定やデータを、Microsoftが用意するクラウド環境に保存できる未来が来る可能性はあると思っている。ただ、それまでは、バックアップ作業から解放されることはないのだろう。
プロフィール

gw

Author:gw
メーカー勤務の組み込みプログラマ
1984年生まれ
男性

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